内容紹介
◇内容
『春琴抄』や『細雪』など、日本の古典の記憶に裏打ちされた豊潤な美の世界を描き続けた谷崎潤一郎(1886~1965年)は、当時“無思想”の作家と評された。日本の近代文学が青年たちの「いかに生きるべきか」という問いを軸に展開する中、谷崎は終始女性の美のみにこだわっていたからである。
しかし谷崎は日本思想史の中できわめて重要な位置を占めている。『源氏物語』の影響下にあるその作品には、本居宣長の「もののあはれ」の感性の哲学が流れこんでおり、また 一高・帝大時代の盟友であった和辻哲郎の倫理学と谷崎作品とは軌を一にしつつ、ある地点で決定的に岐れる。さらにその作品に顕著な母性崇拝は、折口信夫が説いた「妣が国」へ の憧憬とも源を同じくしている。
谷崎の「思想」とは、個性や道徳よりもひとりの女性の蹠(あしのうら)にこそ至上の価値を見出すようなエロスの哲学である。本書は宣長・和辻・折口を補助線として、谷崎の「哲学」を浮き彫りにする。
◇著者について
板東洋介(ばんどうようすけ)
1984年、兵庫県に生まれる。
2007年、東京大学文学部(哲学専修課程)卒業。 現在、皇學館大学文学部准教授。
【著書】
『徂徠学派から国学へ 表現する人間』(ぺりかん社、第41回サントリー学芸賞)
【論文】
「和歌・物語の倫理的意義について――本居宣長の「もののあはれ」論を手がかりに」(『倫理学年報』59集、日本倫理学会和辻賞)
「江戸の情炎――近世日本における「恋」の諸相」(『Nyx』02)
「『源氏物語』享受の論理と倫理」(『季刊日本思想史』80号)など
目次(内容と構成)
◇目 次
はじめに――日本思想史の中の谷崎潤一郎
第Ⅰ章 出生と「少年」のころ
美しい母と生家の零落
下町と晴れの場
第Ⅱ章 「煩悶」なき青春とニーチェからの出発
「刺青」の美
一高・帝大と青春
ニーチェからの出発、和辻との訣別
ダンディズムなきデカダンス
第Ⅲ章 「悪」の形而上学・人間学と母の死
「悖徳狂」の「天才」作家
結婚という難問
プラトンとの邂逅
青春の終わりと『痴人の愛』
第Ⅳ章 日本回帰と円熟
郷土への着地――『蓼食ふ虫』「陰翳礼讃」
おぼろな夢想の核――『吉野葛』『卍』
美への慴伏――『蘆刈』『春琴抄』
第Ⅴ章 戦火の中のみやび
平安朝への復古――『少将滋幹の母』
『源氏物語』への逢着
時のうつろいと「月次の美学」――『細雪』『夢の浮橋』
第Ⅵ章 夢の円寂する時
老いと死の文学――『鍵』『瘋癲老人日記』
仏足石の鎮り処
あとがき